「アカン、体温、38.8℃あるわ・・・」
夕食の後、少し体調がすぐれないと言って自分の部屋で寝ていた長男が、体温計を片手にリビングに来て、ぼくと妻にそう告げた。
それは我が家のコロナ騒動の始まりを告げる一言だった。
翌日、かかりつけ医に診てもらった長男は、予想通りコロナ陽性の判定。
その日の夕方には次男が発熱し、さらにその翌日にはぼくが熱を出し、妻は咳が止まらなくなる。
順番にかかりつけ医を受診し、結局、我が家の全員がコロナ陽性の判定を受けることになった。
この時点では、コロナに感染した時の療養期間は発症日から10日間。
予防接種を受けていたということもあってか、日内変動はあるものの、後半の4日間くらいは普通に日常生活が送れる程度には体調が回復した。
何もせずにいるのも能がないので、このブログの記事でも書こうかとパソコンに向かってみたが、しばらくするとひどく肩が凝ってきて吐き気を催してくる。
どうやら何もせずボーっとしている分には大丈夫だが、パソコンで作業をするまでには体調は回復していないようだ。
映画や落語を観ていても同じ。
どうも目を使うのが良くないように感じる。
仕方がないので、療養期間が明けるまでの暇つぶしとして、目を使わなくても可能なクラシック音楽の鑑賞をすることにした。
体調に合わせてこころにも体にも優しい曲を選んで聴いたのだが、せっかくなので(大きなお世話かとも思うが)その時にぼくが聴いていた、「こころが癒されるクラシック音楽」を紹介してみたいと思う。
バロック音楽
パッヘルベル
カノン(パッヘルベルのカノン)
クルト・レーデル指揮/ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団(1961年録音)
「パッヘルベルのカノン」として知られるこの曲は、正式には「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調」と呼ばれる作品集の第1曲にあたります。
超がつく有名な曲なのできっとあなたもご存じですよね。
余計な解説は何もいりません。
ただひたすら音楽に浸ってください。
シャコンヌ ヘ短調
クルト・レーデル指揮/ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団(1961年録音)
パッヘルベルというと上記の「パッヘルベルのカノン」が飛びぬけて有名です。
というか、カノン以外のパッヘルベルの曲といっても、ほとんど思い浮かばないというのが実情でしょう。
しかしこの「シャコンヌ ヘ短調」は、聴かずにおくにはあまりにももったいない名曲です。
短調ということもあってカノンとはまったく趣を異にしますが、どこか現代の映画音楽を聴いているような錯覚に陥ってしまう曲です。
コレッリ
合奏協奏曲 作品6 第8番 ト短調 (クリスマス協奏曲)
ソチエタ・コレルリ合奏団(1952年録音)
バロック音楽というとバッハやヴィヴァルディ、ヘンデルといった大御所の曲が取り上げられがちです。
しかしもちろん同時代にはもっと多くの作曲家が存在し、また多くの曲が作られています。
コレッリはバッハの少し前の時代にイタリアで活躍した作曲家で、最も有名なのが12曲で構成される「合奏協奏曲集」です。
ここで紹介しているのはその第8番で、「クリスマス協奏曲」の通称で呼ばれています。
バロック音楽らしい美しいメロディを堪能してください。
ヘンデル
オン・ブラ・マイフ/歌劇「クセルクス」よりラルゴ
ジョージ・セル指揮/ロンドン交響楽団(1961年)
その昔、ニッカウヰスキーのCMに使われたことがある曲です。
そんなこともあってこの曲も、一度は耳にしたことがあるという方が多いのではないでしょうか。
独立した小曲として取り上げられることが多いのですが、元はヘンデルの歌劇「クセルクス」の第1幕冒頭で歌われるアリアです。
とまあ、知識としては歌劇の中の1曲なんだと知っているわけですが、実際の歌劇「クセルクス」を全曲通して聴いたことはありません。^^;
バッハ
G線上のアリア/管弦楽組曲第3番 第2曲「アリア」
クルト・レーデル指揮/ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団(1961年録音)
「G線上のアリア」も小曲として独立して取り上げられることが多い曲ですが、こちらはバッハの「管弦楽組曲」第3番の第2曲「アリア」が原曲です。
G線というのは4つあるヴァイオリンの弦のうち、一番太い弦のこと。
このG線だけを使って(他の3つの弦は使わずに)演奏できるようにヴァイオリン独奏用に編曲したのが「G線上のアリア」なんですね。
でもやはりヴァイオリン独奏よりも、上のような弦楽合奏で聴いた方が良いように思うのですが、あなたはいかがでしょうか?
古典派
モーツァルト
ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 第2楽章
(P)アルトゥール・ルービンシュタイン/アルフレッド・ウォーレンステイン指揮/RCAビクター交響楽団(1961年録音)
モーツァルトの27曲あるピアノ協奏曲のうちで、第24番とともに短調で書かれた数少ない曲のひとつです。
シンコペーションで始まる第1楽章冒頭は、「デモーニッシュ」と形容されることもある暗い響きを持つ曲調ですが、第2楽章は一転。
ピアノの独奏で始まる優しい主題が印象的です。
映画「アマデウス」のエンディングテーマにも使われた曲なんですよ。
ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 第2楽章
(P)ロベルト・カサドシュ/ジョージ・セル指揮/クリーブランド管弦楽団(1966年録音)
モーツァルトのピアノ協奏曲からもうひとつ、第21番の第2楽章を紹介しましょう。
普段からちょっと気持ちが安らぐ音楽が聴きたいなという時に、上のピアノ協奏曲第20番の第2楽章と併せてよく聴く曲なんです。
この後に紹介するベートーヴェンのピアノ協奏曲と比較していつも感じることですが、ベートーヴェンの曲が「地上の祈り」を感じさせるものであるとするなら、モーツァルトの曲は「天使の戯れ」を彷彿させます。
まあこれはぼくの勝手なイメージですが、後に紹介するベートーヴェンのものと併せて、ぜひあなたも聴き比べてみてくださいね。
クラリネット協奏曲 イ長調 第2楽章
(Cl)ベニー・グッドマン/シャルル・ミュンシュ指揮/ボストン交響楽団(1956年録音)
クラリネットという楽器には、その音色そのものがすべてをあたたかく包み込んでくれるような優しさがあります。
そんなクラリネットを愛していたモーツァルトという天才が残した奇跡とも言える音楽が、この「クラリネット協奏曲」です。
一応第2楽章を紹介していますが、1曲すべてが癒しの曲だと言えるでしょう。
クラリネット五重奏曲 イ長調 第2楽章
(Cl)ベニー・グッドマン/ボストン・シンフォニー四重奏団(1956年録音)
あれ?これってさっき聴いた曲と一緒じゃないの?
もしかしたらあなたはそんな風に感じられたかもわかりませんね。
同じクラリネットを主役に据えた曲で、調もイ長調と同じです。
作曲された時期もモーツァルト最晩年ということで、「クラリネット協奏曲」と「クラリネット五重奏曲」はまさに兄弟関係にあると言える曲。
似ていて当然なのかも知れません。
どこか諦念のようなものさえ感じさせる曲調は、第2楽章だけではなく、全曲を通じて心癒される珠玉の1曲となっています。
ベートーヴェン
交響曲第9番 ニ短調 「合唱付き」 第3楽章
カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー(1962年録音)
ベートーヴェンというと“ザ・クラシック音楽”とも言える交響曲第5番「運命」に代表されるような、「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」というメッセージ性に富んだ“重い曲”が多いと思われるかも分かりません。
しかしベートーヴェンが生み出す緩徐楽章(ゆったりした曲調の楽章)には、安らぎに満ちた非常に優美な音楽が多いんです。
有名な「歓喜の歌」の手前で奏される第3楽章の美しさは格別。
ゆっくりと音楽に身をゆだねてみてください。
ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 第2楽章
(P)ルドルフ・ゼルキン/レナード・バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニー(1964年録音)
管弦楽による長い序奏の後にピアノが現れる第1楽章とは対照的に、第2楽章はピアノの独奏から始まります。
美しいけれども決して華美ではない、静かに訥々と語られるようなメロディは、時に少女の淡い憧憬をも感じさせながら進みます。
次に紹介する「皇帝」のニックネームが付いた「ピアノ協奏曲第5番」と比べると地味な存在である第3番ですが、この第2楽章は隠れた名曲と呼ぶにふさわしい曲であると思います。
ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 「皇帝」 第2楽章
(P)ルドルフ・ゼルキン/レナード・バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニー(1962年録音)
この曲を聴くと「静かで敬虔な祈り」というイメージが頭に浮かびます。
と言ってもぼくはキリスト教徒ではないので、本当にイメージなんですけどね。
モーツァルトのところで書きましたが、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第21番」第2楽章でぼくがイメージするのは「雲の上で戯れる天使」です。
ぼくがモーツァルトの音楽から受けるイメージが「天上」のものであるのに対し、ベートーヴェンのそれは「地上」のものなんですね。
モーツァルトとベートーヴェンは紛れもない音楽史上の天才ですが、同じ「天才」でもその型は違っているように思われます。
ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調 「月光」 第1楽章
(P)バックハウス(1958年録音)
知らない人はいないのではないかと言えるほど有名な曲ですね。
流れるような3連符が作る幻想的な世界の中で奏しだされる主題はまさに「月光」。
ただし「月光」という名称はベートーヴェンが付けたものではありません。
レルシュタープという詩人がこの曲の第1楽章に対して、「スイスのルツェルン湖の月光の波にゆらぐ小舟のようだ」と語ったことから付いたと言われています。
上述の「皇帝」もそうですが、クラシック音楽には作曲者自らが付けたのではなく、後世の人が付けた名称(ニックネーム)が多く存在します。
まあ誰がニックネームを付けたにせよ、この曲は「月光」と呼ばれるに相応しい曲ですよね。
ロマン派
ブルックナー
交響曲第8番 ハ短調 第3楽章
オイゲン・ヨッフム指揮/ベルリン・フィルハーモニー(1964年)
ブルックナーの最高傑作と言われる交響曲第8番の第3楽章です。
後にマーラーが長大な交響曲を書くようになったので、ブルックナーの交響曲の長さも珍しいものではなくなったのですが、それでも古典派の時代の交響曲に比べればずっと巨大なものになっています。
上のヨッフム指揮/ベルリン・フィルの演奏によるもので約28分。
ひとつの楽章だけで、ハイドンやモーツァルトの交響曲1曲分の長さがあるんですからね。
そういう事も含めて、ブルックナーの交響曲はとかく“難解”であるとして敬遠されがちです。
かく言うぼくも、クラシック音楽なるものを聴くようになってからブルックナーに至るまでには長い時間がかかりました。
しかし、いざ聴いてみると、これがまた非常に心地よい音楽だったんですよ。
音楽は「音」を「楽しむ」もの。
ブルックナーの交響曲を楽しむのに小難しい理屈はいりません。
ひたすら音楽の中に身をまかせれば良いだけのことなんです。
交響曲では珍しいハープが導入されていて、演奏されるのはほんの少しなんですが、思わずうっとりとしてしまうほど効果的な使われ方をしています。
ドヴォルザーク
チェロ協奏曲 ロ短調 第2楽章
(Cello)ヤーノシュ・シュタルケル/アンタル・ドラティ指揮/ロンドン交響楽団(1962年録音)
チャイコフスキーやラフマニノフなどと並び、親しみやすく美しい音楽を作るメロディメーカーとして名高いドヴォルザーク。
一番有名なのは交響曲第9番 「新世界より」でしょうか。
ここで言う「新世界」というのはアメリカのこと。
チェコ生まれのドヴォルザークは1891年、ニューヨーク・ナショナル音楽院から乞われて、音楽院院長職に就任するためにアメリカに渡ります。
交響曲第9番 「新世界より」は、アメリカに渡ったドヴォルザークが、故郷チェコに思いを馳せて書いた曲なんですね。
そこではアメリカ土着の音楽とチェコ(ボヘミア)の音楽が、魅力的に融合し、展開されています。
「チェロ協奏曲」も同時期のアメリカ在住の時に書かれた曲。
アメリカ人でもチェコ人でもない純日本人のぼくですが、この曲を聴くとなぜか懐かしい気持ちになるのが不思議です。
メロディの親しみやすさももちろんですが、歌う楽器「チェロ」の音色がまたそんな気分にさせるのかもわかりません。
サン・サーンス
交響曲第3番 ハ短調 「オルガン付き」 第1楽章後半
シャルル・ミンシュ指揮/ボストン交響楽団(1959年)
ブルックナーの交響曲第8番は交響曲にハープを使った珍しい曲だと書きましたが、サン・サーンスの交響曲第3番は交響曲にオルガンを持ち込んだ曲です。
オルガンの重厚な響きを伴った、宇宙的な広がりを感じさせる曲を楽しんでください。
ブルッフ
ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 第2楽章
(Vn)ヤッシャ・ハイフェッツ/サー・マルコム・サージェント指揮/ロンドン交響楽団(1961年録音)
今ではこの「ヴァイオリン協奏曲」と「スコットランド幻想曲」ぐらいしか演奏されることのないブルッフですが、甘くロマンティックなそのメロディは一度聞くと忘れられないものです。
この曲もぜひ第1楽章から全曲を通して聴いてみてください。
ベートーヴェンなどのいわゆる「三大ヴァイオリン協奏曲」、あるいは「四大ヴァイオリン協奏曲」と言われるもの以外にも、こんなロマンティックなヴァイオリン協奏曲があったんだ!ときっと驚きますよ。
ラフマニノフ
ピアノ協奏曲第2番 第2楽章
(P)スヴャトスラフ・リヒテル/スタニスラフ・ヴィスロツキ指揮/ワルシャワ・フィルハーモニー(1959年録音)
甘く切ない初恋の痛みのような想いを、ピアノが綿々と歌いあげます。
ロシアの広大な大地を彷彿させる第1楽章は、ソチオリンピックの時に浅田真央さんが使用したことで耳にした方も多いのではないでしょうか。
近現代音楽
サミュエル・バーバー
弦楽のためのアダージョ
映画「プラトーン」や「エレファントマン」のラストシーンなどの他、日本のドラマなどでも使われている曲ですね。
静かな慟哭のような旋律が切々と歌い上げられます。
番外編~ポピュラー音楽
ポール・サイモン
アメリカの歌(American Tune)
ポール・サイモン(サイモンとガーファンクル)には「アメリカ」と名前の付く曲が2つあります。
この「アメリカの歌(American Tune)」と次に紹介する「アメリカ」です。
道に迷い、自分探しを続けるアメリカの若者の心情を歌った曲に、ぼくは若い頃から何度も救われてきました。
アメリカ
恋人と「アメリカ探し」の旅に出る二人の若者。
そんな二人のバスの旅のたわいのない出来事を、これほど感動的な歌にできるということに、若いぼくは感動したものです。
「アメリカ」、「アメリカの歌(American Tune)」ともに、ベトナム戦争の後遺症に苦しむアメリカの若者の心象を歌ったものと言われています。
以上、ぼくがコロナ療養期間中の暇つぶしに聴いていた、こころが癒されるクラシック音楽(プラスアルファ)の紹介でした。
ここにあげた曲は、別にコロナの療養期間に限らず、普段の生活の中で「ちょっと疲れたなぁ」という時にも、また、もちろん疲れていなくてもお勧めできる音楽ばかりです。
ぜひあなたのミュージックライフの中の一曲に取り入れていただければ幸いです。^^