熟したバナナ

「80歳になってもエベレストに登れる」

ぼくはそういう老人に対し、あまりリスペクトする気持ちがわかないタイプの人間である。

人間は、生物は、必ず老いていくものだ。
日々老いに向かって、あるいは究極「死」に向かって生きているとも言える。

身体能力は17歳~20歳頃に最盛期を迎えるらしい。
後は衰える一方。

それが自然の摂理なのだ。
自然の摂理に逆らってまで、80歳になってからエベレストに登る必要はないと思う。

(年齢不相応の筋力・体力を付ける必要はないと思う)

女の人に“アンチエイジング”ではない、「年齢を重ねた美しさ」というものがあるように、男にも“80歳でエベレストに登る”ということではない、内面から湧き出る「年齢を重ねた人間の魅力」というものがあるはずだ。

ぼくは常々、そういう老人になりたいと願っている。

と、何やら達観したような偉そうなことを書いたが、ぼくも還暦を過ぎてから一気に心身の老化を実感することが増え、それなりに情けない思いをすることが多くなった。

若い頃は当たり前にできていたことができなくなるというのは、やはり不自由極まりない。

しかし老化現象の症状は情けないことばかりではない(はず)。
案外これも捨てたもんじゃないよと(無理矢理にでも)思えることを挙げては自分を納得させている。

この記事ではぼくに訪れている老化現象症状の数々と、それによって感じている情けない思い、逆に、そんな老化現象を愛おしみ愛でたい思いという、何の役にも立たない、まったくもってどうでもいいことを書いてみたいと思う。

老眼

情けないと思うこと
小さな文字が読めなくなった。

ぼくは中学校2年生の時に近視でメガネが必要になって以来、今日までずっとメガネを掛けてきた。

50代ぐらいの時からレンズが遠近両用のメガネに変わったのだが、最近は遠視用(眼鏡のレンズの下の方)で見ても小さな文字が読みにくい。

だから新聞を読むときや本を読むときにはメガネを外している。

新聞は家で読んでいるので外したメガネはその辺に置いておけばいいが、電車やバスなどで本を読む時は実に不便だ。

外したメガネを置くところがないので、サングラスのように頭に乗せているのだが、安定しているとはいい難い上に満員電車・揺れる電車の中ではよけいに頭から落ちてしまわないかと不安に思いながらの読書となる。

本の中でも辞書のように特に文字が小さいものは、メガネを外すだけではなくルーペを使って読むことも。

ブログの記事を書くときにも手元に国語辞典や類語辞典を置いているのだが、辞典を引く時はメガネを外し、パソコンに入力する時はメガネを掛けるということを繰り返しながらの作業になる。

本当に手間がかかる。

またメガネのレンズは熱に弱い(らしい)。

だから温泉などに行った時は、必ずメガネを外してから中に入るようにしているが、露天風呂から見えるせっかくの景色がはっきりと見えないという残念なことになる。

またぼくは釣りが趣味なのだが、小さな釣り針に細い糸を結ぶということがそろそろ困難になってきた。
キス釣りのときのキス針などがそうだ。

もう釣りブログにこんな記事を書けなくなる日が近いのかもしれない。

愛でたいと思えること
上に書いたように温泉などでは眼鏡をはずすようにしているが、最近はメガネを外してもそれほど不安に感じることがなくなった。

老眼が進んだ代わりに近視が少し良くなった、などということは医学的にはないらしいが、多分、なんやかんやとメガネを外す機会が多くなったのでその状態に慣れてきたということなのかも知れない。

何にせよ、以前よりも心安らかに温泉に入れるようになったとは思う。

老眼、バンザイ!!……

耳鳴り

情けないと思うこと
60歳の12月のこと。
新調したヘッドホンの音を確かめるべく色々な音楽を聴いていたのだが、音楽の中に“サ~~~ッ”という音が混じっていることに気付いた。

音源に雑音が入っているのかと思って他の曲に変えてみても同じ。
となるとせっかく新調したヘッドホンが悪いのか?

少し暗い気分になりつつヘッドホンを外したところ、なんと“サ~~~ッ”という音はまだ続いているではないか。

も、も、も、もしかして耳鳴り・・・?

一層暗い気分に陥りつつネットで情報を見てみたところ、耳鳴りは治らないと書いてある。
絶望的な暗い気分で音楽ファイルを入れたフォルダを閉じたのだった。

そして迎えた翌年の夏。
7月のある日、一緒に歩いていた次男がぼくに言った。

「セミが鳴くようになったね」

「えっ?」

ぼくの頭の中では一年中セミが鳴いている。
だからセミが鳴くようになったねと言われても反応できなかったのだ。

耳鳴りは、セミの声で夏の訪れを感じるという風流をぼくから奪った。

愛でたいと思えること
セミの声が聴こえなくなったのは残念極まりないが、仕事で必要なことを聞き逃してしまったような時などは、耳鳴りのせいにして責任を逃れることができる。(かも知れない)

耳鳴り、バンザイ!!……

脂分が少なくなり皮膚が乾燥している

情けないと思うこと
若い頃はどちらかというと脂分が多く、いわゆる脂性肌だったように思う。
お風呂では、顔も身体も頭もガシガシ洗わないと気がすまないものだった。

ところが最近、スーパーやコンビニなどのレジで支払いをする時に、財布からお札を(もちろん千円札ね)スムーズに取り出すことができなくなってきた。

指先に脂分がなくなってお札が1枚ずつめくれないのだ。

子どもの頃、指先を舌でペロッと舐めてからお札を数える大人をよく見たように思うが、あれはこういうことだったんだと変に納得している始末。

しかし若くてきれいな女性店員さんの前で、指先をペロッとやってお札を取り出すのはどうにもためらわれる。
ぼくのしょうもないプライドもあるが、それ以上にぼくのつばが付いたお札を受け取るのは店員さんも嫌だろう。

かと言ってそのままだとお札を取り出すのにもたついて支払いするのが遅くなり、これはこれでレジの店員さんに申し訳ない。

ジレンマだ。

また先程お風呂のことを書いたが、若い頃と同じようにガシガシ体を洗うと、必要な油分まで洗い落としてしまう。
結果、乾燥肌の状態になって体が痒くなることがある。

最近は体を洗うのも手を抜くようにしているが、何十年も続けてきたガシガシ洗いを止めるのは、汚れが残っているようでやはり抵抗がある。

愛でたいと思えること
若い頃は大量の脂分をきれいにするために大量の石鹸が必要だった。
脂分が少なくなった今はその必要はない。

だから石鹸が節約できる。

また若い頃はちょっと油断すると顔が脂ぎっていたが、最近はまずそんなことは起こり得ない。
若造には決してなれない“枯れた渋い大人”になったと言える。(かも知れない)

乾燥肌、バンザイ!!……

シミが増えた

情けないと思うこと
髪の毛の生え際とか頬骨の辺りとかにシミが目立ってきた。
自分の顔のシミを見て嬉しく思う人は、多分そんなに多くはないと思う。

ぼくも鏡で自分の顔を見るたびに、歳だなぁと情けなくなる。

以上!!・・・(T_T)

愛でたいと思えること
鏡を見るのが辛いので、必要以上に鏡は見なくなった。
鏡を見ていた時間を他の有意義なことに回せるようになったということだ。

シミ、バンザイ!!……

白髪が増えた

情けないと思うこと
どちらかというと若い頃から白髪が多い方だった。
若白髪はちょっとしたアクセントで、決して嫌なものではなかった。

しかし最近は白髪の中に黒髪がアクセントとして存在しているという状態だ。

歳をとっても割りと若く見られることが多かったように感じているが、白髪のせいで年相応に見られるように=年寄に見られるようになったのではないだろうか。

(ちなみに若く見られていたのは中身が幼かったからです…)

愛でたいと思えること
今は丸坊主の毬栗頭だが、髪を伸ばせばロマンスグレーの紳士だ。

そう、今は仮の姿で千鳥の「大悟」をしているが、その気になればいつでも「岩城滉一」になれるのだ。

白髪、バンザイ!!……

鼻毛が白髪に&長く伸びるようになった

情けないと思うこと
テレビなどで鼻毛がボウボウの人を見ることがある。
もうちょっと身だしなみに気を使ってもいいのになぁ、などと思いながら見ているが、自分がそんな風になるとは思ってもみなかった。

どうも鼻がこそばゆい、何かが付いている、触れているような違和感がある。
そんな風に感じて鏡を覗いてみて驚いた。

鼻の穴の中が鼻毛でビッシリだったのだ。
しかも、上で白髪のことを書いたが、鼻毛の中にも白髪がかなり混じっていた。

このまま何もせずに放っておけば、テレビで見てみっともないなぁと感じていたあの人と同じになってしまうところだった…。
慌てて処理をしたものの、それからも白髪混じりの鼻毛が伸びるのは止まらない。

白髪の鼻毛が伸びているのを見られたらと思うと絶望的な気分になるので定期的な処理は怠らないが、若い頃にはしなくてもよかったことだから、これが結構手間だし邪魔くさい。

愛でたいと思えること
手間だし邪魔くさいが、その思い以上に伸びた白髪の鼻毛を見られるのはカッコ悪いという思いのほうが強いから、定期的な処理は欠かさない。

結果的に若い頃よりも却って身だしなみに気を付けている。(かも知れない)

鼻毛、バンザイ!!……

髪の毛が少なく細くなった

情けないと思うこと
若い頃から髪の量が多く、かつ剛毛だった。
風呂上がりにドライヤーをかけてきちんと整髪しても、寝癖がついた朝にはまた苦労して整えなければならない。

それが邪魔くさくてパンチパーマをかけたり、角刈りにしたり、坊主にしたり、果てはスキンヘッドにしていた時期も長かった。

それが最近、めっきり髪の毛が少なく、そして細くなった。
今は坊主頭だが、鏡を見ると明らかに毛と毛の間に広い隙間がある。

祖父や父親が禿げていないので遺伝的にぼくも禿げることはないと思うが、歳が進むにしたがって髪の毛がまばらになっていくのは間違いない。

あれだけ濃密に生えていた髪の毛がこれほどまばらになったのを見ると、さすがに寂しさを覚えてしまう。

愛でたいと思えること
髪が細くなり腰がなくなってきたせいか、髪を伸ばしても特に整髪に気を使うこともなくなった。

適当に手ぐしで整えるだけで格好がつく。
剛毛だった若い頃からは考えられないほど楽ちんである。

薄毛、バンザイ!!……

歯が細くなった

情けないと思うこと
以前の状態をよく覚えていないので正確ではないが、歯を磨いていて歯が細く痩せてきていると感じるようになった。

「歯が細くなる」ということがあるのかどうかは知らないが、実感としてそう感じるのだ。

幸いかなりの歯がまだ現役で、入れ歯などにも頼ってはいないのだが、そのうち一気にあっちもこっちも抜けてきそうで怖い。

先の心配はともかくとしても、今の問題として食べ物がすぐに歯の間に挟まるのにも閉口している。

釣りに関する困り事もある。

ラインとハリを結ぶ時、ラインとルアーを結ぶ時、ラインとラインを結ぶ時など、ラインを歯で咥えて強く引っ張って結び目を締めるのだが、歯が細くなったせいで細いラインをうまく歯で咥えられないのだ。

老眼になって細いライン・小さいハリを扱うのが困難になったと上に書いたが、歯が細くなったことも細いラインを扱うことの困難さに輪をかけている。

愛でたいと思えること
歯が細くなったということは歯の面積が少なくなったということだ。
だから歯磨きの時に使う歯磨き粉の量が少なくて済む(はず)。

細くなった歯が我が家の家計を支えている。

痩せ歯、バンザイ!!……

頬が重力に逆らえなくなった

情けないと思うこと
鏡を見て老化現象に気付くことが多いが、頬のタルミもまた鏡を見ていてつくづく感じたことのひとつ。

※いつも長時間鏡を見ているわけじゃないですよ。歯磨きの時に気付くんです。

頬が垂れてブルドッグのようになった顔を見るのは辛い…。

愛でたいと思えること
宍戸錠さんに似ていると思われる。(かも知れない)

いつも不機嫌な顔に見えるので、街を歩いていても変な人に絡まれにくい。(かも知れない)

※いずれも超希望的観測。

垂れ頬、バンザイ!!……

腹が出てきた

情けないと思うこと
これは今に始まったことではないが、腹が出てきた。

しかも、体質的なこともあるのかも分からないが、歩いたり走ったりしてダイエットしても、腹だけはなかなか引っ込まない。

何が困るって、健診を受けるといつも要指導判定が出るもんだから、必ず保健所の保健師さんから電話がかかってきて、「半年間、保健所の指導の元で痩せましょう」とラブ・コールがかかる。

こちとら貧乏暇なし、そんな指導を受けてる時間なんかあるかい!

愛でたいと思えること
日本語には素晴らしいと思える言葉が多数ある。
そのうちのひとつが「恰幅が良い」という言葉。

そう、「腹が出てきた」のではない。
「恰幅が良くなった」のだ。

でん腹、バンザイ!!……

身長が縮んだ

情けないと思うこと
健診の話が出たが、先日受けた健康診断の結果によると、昨年に比べて身長が1cm縮んだようだ。

腹は出るわ身長は縮むわで、太短くなっていく一方だ。

1年で1cm縮むのなら、173年後にはぼくはこの世から消えてなくなってしまう。
まあ173年生きる前にこの世から消えてしまうのは確かだが…。

愛でたいと思えること
173年は生きられないが、仮に80歳まで生きるとしたら今より約20cm背が低くなることになる。

それだけ棺桶のサイズが小さくて済むことになるから、棺桶代、引いては葬式代が少しでも安くなるかもしれない。

※ただし、太短いの「太い」のほうがさらに進み、身長が縮んだ分以上に横幅の増えた分が棺桶代にプラスになるかも分からないが…。

身長縮小、バンザイ!!……

物忘れがひどくなった

情けないと思うこと
こうしてブログの記事を書いていても、これを調べなきゃと思った後にワンクッション間に入れると、もう何を調べようとしていたのか分からなくなる。

あれをしようと思って席を立ち、2、3歩進むともう何をしようとして席を立ったのか分からなくなる。

どのレベルになったら痴呆専門の医者にかかろうかと思案中である。

愛でたいと思えること
何でもすぐに忘れるから、嫌なことがあってもすぐに忘れる。(・・・か?)

物忘れ、バンザイ!!……

トイレが近い

情けないと思うこと
還暦を迎えてからトイレが近くなったことを実感している。

水分をよく取るということもあるのだが、日によっては何回トイレに通ったか分からないと思うことがある。

おかげで映画が1本、連続で見られなくなった。
途中で必ずDVDを止めて、トイレに行く時間を挟まなければならない。

DVDだからできるけれど、映画館で映写機を止めてもらうわけにはいかないので、映画館で映画を見ることはできなくなった。

愛でたいと思えること
たくさん水分を摂ってたくさん排出するということは、きっと腎機能に良い影響をもたらしているはず。

腎不全になって週3回透析に通う人を身近に何人も知っている。
本当に大変なことだと思うが、ぼくはきっと大丈夫だ。(※希望的観測)

頻尿、バンザイ!!……

まとまった時間寝られなくなった

情けないと思うこと
「トイレが近い」ということは、必然的に長時間の睡眠が取れなくなったということにつながる。
だいたい2~3時間で(トイレに行きたくて)目が覚めてしまう。

「あ~、今日は、よ~寝たなぁ~~」という快感を味わうことはもうないだろう。

愛でたいと思えること
嫌でも2~3時間で目が覚めるわけだから、目覚まし時計をセットする必要がない。

もしかしたらショートスリーパーになってナポレオンのような後世に名を残せる人間になれるかも知れない。(※超超希望的観測)

短時間睡眠、バンザイ!!……

食事の量が落ちた

情けないと思うこと
食べる量が本当に少なくなった。
食べたいという意欲そのものが低くなったように思う。

一汁一菜にご飯を少しみたいな食事を続けているわけで、考えてみればこれじゃ栄養不足になるよなぁと。

栄養不足も心配だが、何と言っても美味しいものをたくさん食べるという楽しみもなくなってしまった。

人間の三大欲求のうち「睡眠欲」に障害が出、「食欲」も細くなるということで、徐々に人間ではなくなっているような気分になる。

愛でたいと思えること
おかずもご飯も少なくて済むので、食事代が安くつく。
老化現象の数々が我が家の家計を支えてくれている。

※栄養不足で倒れて医療費が多くかかるかも知れないが…。

少食、バンザイ!!……

筋肉量が目に見えて減った

情けないと思うこと
本格的なものではないが、若い頃に筋トレをしていたことがある。

そのせいか、健診後の指導で保健所に行って筋肉量を測った時に、「こんなに手や足の筋肉量が多い人は初めてです」と保健師さんに言われたことがある。

それなりに腕力には自信があったのだが、これまた風呂上がりに鏡に映る体は、目に見えて筋肉が落ちてしまっていると感じる。

先日釣りに行った時、胸の高さほどの波止に手をついて登ろうとした時に、腕に力が入らずにうまく登ることができないということがあり、ひどいショックを受けてしまった。

愛でたいと思えること
子どもが小さい頃は、買い物などに出かけた帰りは、片手で子どもを抱き、片手で買い物した荷物を持つというのが普通だった。

今はもう腕力がないということで、また子どもも成人したということで、買い物などに行った時の重い荷物は全部子供に持たせることができる。

ぼくは手ぶらでのんびり帰ることができるのだ。

※奥さんと二人だけで買い物に行った時はもちろんぼくが荷物を持ちますよ!

非マッチョ化、バンザイ!!……

足腰が弱った

情けないと思うこと
上の筋肉量が減少したということとつながっているが、足腰がすっかり弱くなってしまった。

それを一番実感するのは、これまた釣りをしている時。
あまり横幅のない波止の上を歩いていると、海に落ち込みそうな気がして足が小刻みに震えてくるのだ。

ましてやテトラ帯で釣りをするなどは自殺行為に近い。

かつては足場の不安定なテトラの上に立ち、力が強く、激しく暴れまわるシイラを相手に釣りをしたものだ。

中学生の頃はピョンピョンとテトラの上を飛び跳ねて渡り歩いていた。
今そんなことをしたら、あっという間にテトラとテトラの間に落っこちて、あっちこっちを骨折するのが関の山だ。

※もしかしたら二度とテトラの間から顔を出せないかもしれない。

愛でたいと思えること
これも筋肉量の減少と似通ってくるが、波止の上などで大量の荷物を持って移動する時は、足腰の弱りを理由に子どもに荷物を全部持たせることができる。

ぼくは釣りの指揮官をしていれば良いのだ。

足腰弱体化、バンザイ!!……

男性自身に力がなくなった

情けないと思うこと
「睡眠欲」と「食欲」。
人間の三大欲求のうちの二つに老化を感じていると書いてきたが、いよいよ三大欲求の残るひとつ、「性欲」の老化についても書く時が来た。

男としてはこれほど情けないことはないかも知れないが、男性自身に力が無くなったことを実感せざるをえない。
これで人間の三大欲求すべてが老化してきたことになってしまった。

三大欲求すべてに障害が出ても生きているぼくは、霞を食べて生きている仙人のようなものなのか…?

愛でたいと思えること
性欲が衰えれば女性を見て危ない欲望を抱くこともなくなる。

「『時代おくれ日記』の管理人・ひでが女性宅のベランダから下着数点を盗んだ容疑で逮捕された。本人は容疑を認める供述をしている」

新聞にこんな記事が掲載されることはこの先、決してないだろう。
(今まではその可能性があったんかい!!)

性欲減退、バンザイ!!……

疲れやすく、かつ、回復しにくくなった

情けないと思うこと
このところ、仕事をしていて無理がきかなくなったなぁと思うことが多くなった。
時間的な面でも、時間あたりの効率という面でも。

また、ここが勝負時という時の瞬発力も無くなった。
ダラダラと仕事をし、その仕事も長く続かず、いざ鎌倉!という時もせいぜい琵琶湖辺りまで行くのが精一杯…。

そのくせ疲れだけはこれまで以上に蓄積する。
そして蓄積した疲れがいつまでも回復しない。

回復しない疲れを抱えたまま、さらに効率の悪い仕事をする。
悪循環そのものだ。

愛でたいと思えること
どんなに頑張ろうと思っても、頭も体もついていかないんだからどうしようもない。
無理をすれば疲れが溜まりすぎて、そのうち病気になってしまうかも知れない。

よっしゃ、今日はこれぐらいで堪忍しといたろか!
と、自分で自分を納得させて仕事をサボる言い訳になる。

今日も一日、マイペースでやろうっと!

疲労蓄積、バンザイ!!……

涙もろくなった

情けないと思うこと
元来涙もろくて、テレビドラマや映画を見ていてもすぐに泣いてしまう方だったが、最近はそれが際立ってきた。

『みつばちハッチ』を観ても泣いてしまう。

パソコンでDVDを観ながらボロボロ涙を流しているぼくを、隣でテレビを見ている奥さんが、不思議な生き物を見るような目で見ていることがある。

愛でたいと思えること
最近スーパーのレジとかで、やたらと偉そうに威張り散らしたり、店員に怒る老人を見かける。

怒りの感情が抑えられないというのも老化現象のひとつらしいが、怒りを向けられる対象になった人にとっては迷惑も甚だしいことだろう。

それに比べれば涙もろくなるのは誰に迷惑をかける訳でもない。
怒りっぽくなる老人に比べれば余程マシだ。

また泣くという行為は精神衛生上良いことらしい。
これからも大いに涙を流して大いにスッキリしようと思う。

ここまで書いてきた通り、涙のネタに困ることはないのだから・・・。

涙腺崩壊、バンザイ!!……
涙腺を崩壊させるネタの数々、バンザイ!!!………

老化現象症状20選を書き終えて

以上、「老いを愛でる!?60代になって実感している老化現象症状20選」でした。

ぼくが目標としている“内面から湧き出る「年齢を重ねた人間の魅力」”というものが少しでも伝わりましたでしょうか。

え?
そんなもん、まったく伝わってこない?

そうですか、、、

そうですよね、、、、、、

ぼく自身も“情けないと思うこと”はもちろんのこと、無理矢理感丸出しの“愛でたいと思えること”も、書いていてだんだん悲しくなってきました。

「年齢を重ねた人間の魅力」を備えた老人になるというのは、口でいうほど簡単なことではなさそうです・・・。

※なお、一応「老化現象症状20選」というタイトルでぼくの身体に起きている老化現象を紹介しましたが、細かく見ていくと老化現象だなぁと感じる症状は20に限りません。挙げればキリがないので「20選」としたということで、ボヤこうと思えばいくらでもボヤけるというのが本音です。
トホホ・・・